スリランカは、「インド洋の真珠」と呼ばれる北海道を一回り小さくした島国で、人々は温厚で治安もよく、7割が仏教徒で親日の開発途上国です。この国の空手団体「カル道場」から突然メールが届き、2ヶ月ものやり取りの結果、私(高見彰)は、単身、現地に直接指導に行くことになりました。
前日から東京入りしていた私は早めの朝食をすませ、成田国際空港へと向かいました。空港に着くなりスーツケースのタイヤが外れるアクシデントが発生!幸いにも空港内に修理場があり事なきを得ましたが、何やら今回の旅を暗示している気がしてなりません。
『いや、何とかなる。大丈夫!』と、心新たにスリランカ航空のラインに並びました。これから約9時間のフライトです。
17:10(時差マイナス3時間30分)、コロンボ国際空港に到着。
ゲートではカル先生、ジェシリ先生、ジェシリ先生のご子息(小学5・6年生)と数人の道場生が『HANSHI AKIRA』のプラカードを持って出迎えてくださいました。
『アユボワーン マゲナマ アキラタカミ ハンシキヤラカタカランナー』
(はじめまして、高見彰です。範士とよんでください)
本部、北条、市坪道場の子供たちと稽古の合間に覚えたシンハラ語です。驚いたジェシリ先生の「Do you spesk shinhara?」の問いに「Just that.」と答えました。参考にスリランカの母国語はシンハラ語とタミル語ですが、第二母国語としてほとんどの方が英語も話せます。
話を戻しまして、無事ピックアップされた私は、コロンボの夕暮れを満喫する暇もなく、ワゴン車でカル道場のあるクルネーガラへと向かいました。ちなみにスリランカには三大都市があり、最大都市は国際空港のあるコロンボ、次が仏陀の歯が安置されているダラダーマーリガーワ寺院のあるキャンディ(観光地)、そして活動拠点となるクルネーガラです。
道中、車道は舗装されていますが、それ以外は赤土の地面。道沿いに繁るタンブラー(ココナッツの木)の合間の所々に家があり、その後ろはジャングルです。
夕闇せまるクルネーガラまでの1時間半、
『高見空手は、このスリランカで何が出来るのか?』
漠然と自問自答し続けました。
19:30 お世話になるカムラルホテルに到着。
皆さんと食事をしながら片言の英語で打ち合わせをしました。帰り際にカル先生、ジェシリ先生に改めて確認で
『I’m sorry my English is poor. Therefore Please arrange an interpreter Tomorrow.』
(私は英語が苦手です。明日は通訳者をお願いします。)と伝えると
『Don’t worry about it.』(心配いりませんよ。)と笑顔で答えてくれました。
通訳が来ればひと安心です!!
25.April,2016 Monday 8:00am、ジェシリ先生とホテルロビーで待ち合わせしてカル道場へ車で向かいました。すでに気温は30℃を超え、車を降りる頃には35℃です。また湿度も高く、車から降りた途端、メガネが曇って前が見えなくなる程です。
8:30am、カル道場に到着。小学生から一般/壮年部まで約40名程の道衣を着た道場生のお出迎えをうけました。そして車から降りると通訳のアノシカさん(20~23歳くらいの男性)が
『アノシカ ト モウシマス。ヨロシクオネガイシマス。』と、片言の日本語で声を掛けてきました。
私は、
『高見です。助かりました。通訳を宜しくお願いします。』とご挨拶しました。
ところが返ってきた言葉は、
『アナタノ ニホンゴ ワカラナイ!』
『エェーッ!?』
一瞬、成田でスーツケースのタイヤが壊れたアクシデントが脳裏を過りました。
「これからのコミュニケーション…、大丈夫なのか?」
不安に駆られた私を次に待っていたのは、何と「パレード」?!
近隣住民に伝統衣装に身を包んだ踊り手に楽隊と、街はお祭り騒ぎです。予期せぬパレードに、ただただ恥ずかしくて頭の中は真っ白、スリランカの皆さんへの笑顔が引きつります…。
何とかパレードが終わり、道場入口に着くと「WELCOME Akira Takami」と書いた私の等身大写真の看板が置いてありました。感謝&恥ずかしさと同時に、彼らの期待がひしひしと伝わってきます。
サウナのような更衣室で着替えて心機一転、気合いを入れ『押忍!』と大きな声で一礼し道場に入りました。道場生たちも「Osu!」と応え、カル先生に号令を掛ける所に誘導されます。正面の壁は、向かって右側に大山倍達総裁の写真と日本の国旗、左側に高見成昭総師とスリランカの国旗が掲げられていました。
そして稽古前、カル先生とジェシリ先生が高見空手のことを説明されます。
スピーチから聞き取れた英単語からの推測で、
『日本国の空手、大山総裁の直系、大山茂総主・大山泰彦最高師範の直系、日本人の指導者、それが高見空手だ!』
という内容だったようです。
異国で耳にする師の名前に偉大さを感じ胸が熱くなります!
次に等身大ランプ台に私、責任者、高弟の順で火を灯します。どうもこれは、スリランカの大切な儀式のようでした。
そして、いよいよ稽古スタートです。カル先生より
『はじめに我々(カル道場)の稽古方法を見て確認して下さい』と申し出があり、先ずは見せて頂きました。カル先生のデモンストレーションに始まり、通常トレーニングに入って行きます。
午前中は、これで終了。一旦ホテルに戻って昼食をとりならが指導方法を検討し、3:00pm いよいよ高見空手の稽古の開始です。
気温は40℃! 通訳のアノシカさんに横に居てもらい、私の説明をアノシカさんが通訳、道場生に伝える段取りでした。
私の号令で『正座!Please sit down.On the knees.』(ここからは英語を割愛させて頂きます)『黙想!』『黙想やめ!これから稽古を始めます!押忍!』
道場生が立ち上がった所で、少年部と特訓したシンハラ語で挨拶をし、整備運動からスタートです。号令は日本語ですが、開脚の際、日本語でイチ、ニ、サン…と言った後、2回目のカウントを『エカ、デカ、ツナ、ハタラ、パハ、ハヤ、ハタ、アタ、ナワヤ、ダハヤ』と言いました。すると道場生より『オォー!』と言う歓声があがりました。シンハラ語の号令、みなさんに喜んでもらえたようです/
そして、いよいよ通訳アノシカさんの出番です!
私が日本語で説明したあとアノシカさんに『今のを言っていください。』と伝えると、なぜか小声でカル先生に「ごにょごにょごにょ…」。
『皆さんに聞こえる様に言ってください!』と言うと、今度は目の前の一人に小声で
「ごにょごにょごにょ…」
何度もこれを繰り返し、思わず、
『Speak more louder!!!』と、大声を出しました。
結局、アノシカさんは通訳できず、私のPoorな英語とボディーランゲージだけで稽古しましたが、何とかコミュニケーションできました、押忍!
こうして初めてのスリランカ稽古は無事?に終わり、通訳できない通訳のアノシカさんから『自分の通う日本語学校に来てほしい。』と、日本語でなく英語で申し出がありました。
時間があったので日本語学校を訪ねると日本語が堪能な女性先生がいらっしゃり、彼女から請われて急きょ「スペシャル講師」となって、恥ずかしながら教壇に立って子供たちに日本語を教えました。
貴重な国際交流の体験でした、押忍!
また講師のお礼にと、先生が最終日のカル道場メンバーとの大切なディスカッションに同席して通訳してくださること。本当に助かります。
そして翌日早々、通訳できない通訳のアノシカさんから電話がありました。
『友達の結婚式があり、携帯を買い替えるのと、腹がちょっと痛いから。』
彼は、矢継ぎ早にへんてこりんな日本語を言い残し、しばらく来なくなってしまいました。
こうして通訳できない通訳アノシカさんのお蔭で、スリランカ滞在中のコミュニケーションは、最後の最後までエキサイティングになりました。貴重な体験でした、押忍!
渡航前、限られた滞在時間でカル道場にどれだけ高見空手を伝えられるのか、大きな懸案でした。そこで私は、スケジュール案を作られたジャシリ先生に、
『観光や接待に時間を掛けず、稽古時間が多くなるようプランして欲しい』とメールを送りました。きっとカル道場側は、わざわざ日本から来る空手の先生にスリランカを満喫して楽しんでもらうよう様々な接待を考えていると思ったからです。また私自身、カル道場の接待に甘えて観光気分で物見遊山などしては、稽古を休みにして私を送り出してくださる道場生たちに申し訳が立ちません。
こうしで出来上がったプランですが、道場は夜9時までなのに何故か夕方5時にはホテルになっていました。私は、平日の日中では道場生が学校や仕事で道場に来れないのではと思い、一人でも多くの道場生が高見空手の稽古を体験できるよう『夜も指導します』とプラン変更を伝えました。
その結果、私は1日3〜4回稽古するとこになったのですが、いざ稽古してみると、これが大変な修行、難行苦行。気温は朝早くから30度超え。美味しいハズのパイナップルジュースが数分でホットコーヒー並みに熱くなります。稽古早々、道衣は汗で濡れ、蚊による伝染病対策の虫避けスプレーも汗で取れてしまいます。
アラバマ修行時代、大山泰彦最高師範に
『Just Sweat!』と、率先して稽古で汗を流すことを徹底指導して頂きましたが、スリランカでの汗は半端な量でありません。灼熱の中、2時間の稽古を1日3〜4回行うことにより、僅か2日間で私の体重は5キロ以上減ってしまいました。もう究極の空手ダイエットです/
当初、下痢を警戒し、またホテル以外のトイレに行きたくなかったので(理由は割愛します、押忍!)飲食を控え目にしていましたが、とても体が持たないと方針転換。食べ物は、何でも目いっぱい食べてエネルギーにして、正露丸とともに生水もガンガン飲みました。
途中、国際電話で渡航にご尽力していただいた先輩に報告したところ、
『正露丸で下痢は防げても、A型肝炎は防げないぞ!』とご指導され、生もの&生水だけは避けるよう改めました。
こうしてスリランカの気候にめげることなく、気合いで率先して汗を流して稽古しました。そしてカル道場のみなさんに高見空手の稽古を喜んでいただきました。
また彼らは、日本の先生に教わるのは千載一遇のチャンスとばかりに、型や護身術の演武など様々お願いしてきます。
組手もお願いされました。「先生の実力を試そう」ではなく「先生に相応しい実力者でないと失礼になる!」という無邪気な心遣いから、私は体格とパワーを兼ね備えた道場生と組手をすることになりました。
そして指名された道場生が、若さとパワーに任せて勢いよく向かってきましたが、何とか攻撃を捌いて足を引っ掛けて倒しました。また、床がコンクリートのため頭をケガしないように倒れた際に道場生の頭部に手を添えカバーしました。これを見ていた道場生たちは「お-っ!おーっ」と大歓声!日本の先生の面目躍如。彼らの期待を裏切らずにホッとしました、押忍!
>>スリランカ訪問記vol.3/エピローグ編 へつづく!