2015年秋。審査の規定型である十八(セーパイ)の稽古にもやり飽きた頃、腕立て伏せ百回完遂の目処がたったので二段の昇段審査を受審することにしました。
昇段にあたって、自分に課した課題は二つ。一つは、腕立て伏せにおいて完璧な百回を完遂すること。もう一つは組手において瞬かないこと。どうも自分はコンビネーションの途中で数回瞬いているようで、このことが組手の上達を妨げているように思えてなりません。審査を機会に改善できたらと思い課題としました。
一つ目の腕立て伏せについては、一年前から準備し、拳による腕立てを諦めて掌による腕立てにして、更に審査の内容もハードルが下げられたことから、声を出して気合を入れるまでもなく余裕で百回を完遂することができました。審査日のアドレナリンの分泌量からすれば百五十回までは回数を伸ばせたのではないかと思っています。
二つ目の組手については、グダグダでした。瞬かない以前の問題でした。前半で息が上がり、瞬いたかどうかも記憶していない始末でした。
自分の空手の第一歩は宇和島道場にて高見総師に教えていただいたことから始まりました。その際に総師が言われた言葉で印象に残っている言葉があります。総師は “自分の経験から稽古すれば五十五歳までは強くなれる。”と言われていたと記憶しています。その言葉を聞いた時には五十五歳など遥か未来のことであり、稽古を怠らなければ強くなり続けることができるという意味程度に解釈していました。しかし、五十五歳がだんだんと近づき、体力が坂道を転げ落ちるように落ちていく今、総師の言葉の解釈も変わってきました。歳を取れば、人一倍の努力を怠った瞬間に上達は止まると言われていたと思えてなりません。
審査を通じて初心に帰ることができ、心・技・体それぞれに課題も見つかりました。今からどれだけ強くなれるかわかりません。私の求める強さは、坂の上の青い天に輝く一朶の白い雲かもしれません、坂を上りきったとしても遥か上空で手が届かないかもしれませんが、今はそれのみを見つめて上り続けます。昨日の自分より今日の自分、今日の自分より明日の自分が強くなること、そして五十五歳を過ぎても強くなり続けることを信じて稽古に励みます。
押忍。