759年に編集された世界最古の詩集『万葉集』。この詩集は『和歌の前の平等』という「言霊の幸ふ国」日本ならではの独自な思想哲学が貫かれました。
「和歌の前の平等」は、和歌(の評価)の前では天皇も庶民も平等という考え方で、万葉集には天皇の御製から貴族、東人(あずまびと)、農民、遊女まで、身分も男女の差別もなく、地域も奈良、関東、北陸から九州まで、全国から4500首以上もの和歌が集められました。歌聖といわれた柿本人麻呂も、柿の木の根元から生まれた?という出所不明の人物。当時「和歌の前の平等」がどれだけ浸透していたのかわかります。
そして万葉集には防人(他国から九州を防備した兵士)の歌もあり、万葉の文化は、平安中期から後期に現れた戦闘が本分の「武士」に『剣魂歌心』(けんこんかしん)という精神性をもたらし、後の武士たちの「辞世の句」の慣わしにもなっていきます。
『 剣魂歌心 』
「剣魂」は、刀を使う武士とその魂、強さ・勇猛心、
「歌心」は、狭義で和歌を詠む豊かな感性や気持ち、広義では学問・芸術の心、優しさや慈悲、惻隠の情を意味します。
いつから言われ始めたか出典は定かではありませんが、
「強いだけでは武士でない。戦場においても生死を越えた平静心と敵に対する惻隠の情、歌心あってこそ武士(もののふ)である。」
という精神性は、武士道の原点の一つとなりました。
昔から世界の何処にも兵士はいましたが、日本の「武士」は、他国の兵士・軍人とは異なる精神文化を持つ存在。ある意味『剣魂歌心』が武士を武士たらしめたのかもしれません。
また「清和源氏」に「桓武平氏」と、源氏も平家も皇室が祖なので、武士たちが歌心(うたごころ)、教養文化を備えているのも頷けます。
以下、「剣魂歌心」に関するお話をご紹介します。
源義経(牛若丸)の自害(?)から遡ること100年前、同じ衣川(岩手県平泉)で源義家と安陪貞任(あべのさだとう)が戦いました。
そして、戦いに負けて敗走する貞任に向かって義家は、
「衣の館(たて)は綻びにけり」と‘下の句’の勝どきを上げました。
【解説】地名「衣」が綻び(=滅び)、「館(やかた)」は一族郎党を意味。
⇒「衣川の一族は滅びたり。」という意味。
これに対し貞任は、
「年を経し糸の乱れの苦しさに」と、義家に‘上の句’を返したのです。
【解説】年月を経て糸が乱れたのだ。
⇒「(お前に負けたのでなく)年月による体制の乱れで滅ぶのだ。」
返歌を聞いた義家は、見事な貞任の武者振りと教養の高さに感動して追撃を止めました。
『 年を経し 糸の乱れの苦しさに 衣のたては 綻びにけり 』
戦場での義家と貞任の歌問答は、まさに『剣魂歌心』そのものです。
※源義家:平安時代後期の武将。八幡太郎の通称で知られ、伊予守源頼義の長男で愛媛県とも縁があり、源頼朝や足利尊氏の祖先になります。
源平合戦に敗れた平忠度(たいらのただのり)は、平家一門の都落ちの後、密かに従者6人と都に引き返して和歌の師である藤原俊成を訪ねます。
「落人が来た!」と家中が動揺する中、毅然と対面した俊成に、忠度は和歌を託します。
『 さざなみや 志賀の都は荒れにしを 昔ながらの 山桜かな 』
後年、藤原俊成は、この和歌が朝敵となった平忠度が詠ったものであることを隠し「よみびと知らず」として勅撰和歌集に載せました。
『 剣魂歌心 』
強いだけでは武士でない。戦場においても
生死を越えた平静心と敵に対する惻隠の情、
歌心あってこそ武士(もののふ)である。
改めて平安時代の武士たちの境地、教養の高さに驚きと感動を覚えます。そして後世の武士が、武芸だけでなく禅や学問・芸術を修めた原点に「剣魂歌心」という精神性があったことは言うまでもありません。
かの宮本武蔵も、決闘ばかり注目されますが、白鷺城の開かずの間に3年間幽閉されて万巻の書を読破して学問を修め、後に「五輪の書」を執筆。また水墨画や彫刻も習得し、武蔵が彫った不動明王像の修復を依頼された明治を代表する彫刻家(仏師):高村光雲が「私は及ばず」と辞退したほどです。
そして現代、私たち武道家も古(いにしえ)から続く「剣魂歌心」の精神性を受け継ぎ、学芸を修めて教養を高めなければいけません。
私自身、内弟子時代の修行として大山泰彦師範に多読・乱読を課して頂き、日報と読書感想文を書いておりました。この修業は、読書や正拳コラム執筆となって今なお続いております。
また、日本人が武士道を知らない以上に私はパソコンを知らないため、石川師範や熊田先生の指導を仰ぎ、冷や汗をかきながらホームページ運営やメルマガ発行をしています。生涯、勉強・修行です。
そして高見空手の先生方は、シンガーソングライターの平松師範、ピアノ/トランペット/ギター/ジャズトロンボーンを演奏する丸山師範、今治水軍太鼓の南條師範、釣キチの久保田師範代を始め、全員、歌心(うたごころ)いっぱいです^ ^
また以前、岡鼻首席師範に得意技を訪ねたら
「うなぎ捕りだよ。僕は愛媛のうなぎ捕り名人」とお話されました。
首席師範、なかなかの歌心です、押忍!
閑話休題、「歌心」は、学問・芸術の心や惻隠の情です。
高見空手の学生のみなさんも古(いにしえ)の武士(もののふ)の「剣魂歌心」に倣い、空手家として『拳魂歌心』を以て学業に励んでください!!
「勉強しなさい!」と、お父さんお母さんに叱られたら、それこそ空手家としての名折れ、「士道不覚」ですぞ!(笑)
また是非、お父さんお母さんには、子供たちに多読・乱読の読書を勧めていただき、できれば小学生の時から読書習慣を身につけて頂けたらと思っております。子供たちにはマンガやゲームばかりでなく活字にも触れて、多くの良本と出会い、豊かな人生を歩んでもらえたらと願っております。
アレックさん「武士道とは残心なり!」に対し、
私は剣を拳に変え「武士道は拳魂歌心にあり!」です/
高見 彰 押忍!
<おまけ>
じつは奈良~平安時代に始まった『和歌の前の平等』万葉のこころは、いまも残っております。新年に皇居で行われる『歌会始(うたかいはじめ)』は、誰でも応募できます。そして和歌が選ばれた預選者は陛下から『歌会始』に招待され、天皇皇后両陛下への拝謁も許されます。
我こそはと思う門下生は、昔の武士(もののふ)に倣い、和歌を作って応募しては如何でしょうか。もし入選したら高見空手『拳魂歌心』の大いなる誉れです!!
▼宮内庁 皇室に伝わる文化:歌会始
http://goo.gl/Hky0kB
次回は、更に『剣魂歌心』の原点に迫った「古代日本のロマン編」です。
お楽しみに!